このブログは自分史のつもりでも書いています。叶えたかった夢やなりたい人になれなくもそれはゴールでなく手段かも知れない事をお伝えしたい。
保育士を目指したのは?
最初の障害児施設を途中離脱
それは夢と希望を持って発達障害児の支援施設に55歳に入職しました。そこまでには奇跡と言える出来事がいくつか重なりました。
2年の実務経験で指導員を目指していました。入社と同時にそれまで無かった軽微な車両の接触事故が続きました。
予想もしないトラブルで1年もしないうちに離職しました。その後は複数の介護職を転々としまして再び障害児と関わりたいと思いました。
次の障害児施設の入社直前に?!
理想的な環境の職場に内定して本採用前に厚労省から思いもよらぬ通達がありました。それまでは「介護福祉士」資格のスタッフも加算対象でしたが改正で外されました。
経営者から「うちは弱者企業なので加算対象にならないスタッフの給与は持ち出しせざるを得ないがそれをすれば現状のスタッフや運営に大きな支障を与える」ので申し訳ないが採用取り消しをさせてとの事でした。
前方の誠心誠意のこもった話しで両者納得の上で残念ながら2度目のチャレンジは成功しませんでした。
3度目に障害児との関われたけど
NPO法人の社会福祉会社に入る事がありました、ここでは高齢者/障害(児)者と関われましたが予期せぬ事態で離職しました。
その後はパートタイムなら別ですがフルタイム勤務には「保育士」「教員」資格が必需になり応募さえ出来ない状態でした。
「保育士」資格を取得すればいい
障害児施設のスタッフ条件に保育士資格が必要なら取得すればいいと思いました。
受験資格は該当して介護福祉士資格があれば2科目免除されます。ネックは受験料と教材費でした。
臨時収入が入ると思ったけど
そんな折にとあるアルバイトが月数回の収入があると思って受験教材の物色と受験の算段をつけていました。
面接の結果は現時点では要望に沿える案件はなく道は閉ざされた思いでした。
何のために障害児と関わりたいのか?!
再三再四ストップがかかる中で保育士資格は手段であって目的ではない、保育士勉強は有益だけど道のりを思えば他の手段を模索するのも1つの方法かと思えました。
障害(児)者の介護にこだわるのは

「高齢者介護」=先が見えている人の介護が嫌だったように思います。
障害を持った方は健常者に比較して諸要素がありますが短命の事も多いです。
私が関わった同一法人のグループホームへの重度訪問介護を行っていた時に同一フロアにベット生活の方が3名居て、親しくした2人が続けて亡くなった事がありました。
2人共40-50代で1人は足の骨折で入院して退院間際に亡くなったとの事でした。3人中の残った1人がわたしの担当で還暦超えの方でした。
退職は2人の死去とは関係ないように考えていましたが、無意識に強いショックを受けての行動だったかも知れません。
もう少しエンドオブライフ(End of Life: EOL)と言われる終末期やターミナルの事を学んで対抗性をつけていたら離職もなく「高齢者介護」も含めた選択肢が増えていたようにも感じました。

そこで費用を投下してエンドオブライフの学びを始めることしました。
「児童」と「高齢者」の対極的な介護ですが学びによって「児童」支援のこだわりが消えるかも知れませんし、変わらないかも知れませんが選択肢として選びました。


コメント