50歳に建設業界から求めて介護職に変わりました。
介護職では紆余曲折があって、まあこれでいいかと「高齢者介護」を最後と思った。
58歳の時でした、急成長した重度訪問介護会社の代表の講演が胸に響きました。
会社のホームページを見ると理念がとても共感出来たが60歳前に転職で当時の職場に不満はありませんでした。
自問自答しました。
本当に自分が1番やりくても見つからなかった障害者介護が人生最後にしたい そんな思いで会社説明会に参加して、これまでの私なら即応募でしたが数ヶ月だったか熟考で時が過ぎました。
「人生最後にやって失敗したことよりやらずに過ごした事を後悔する」が浮かんでダメ元で面接を受けました。
重度訪問介護で嫌われる「夜勤で体調を崩したので原則日勤」「調理は出来ない」「免許はあるが運転は下手」と今後求めれる事を先手で伝えました。 結果は合格でした。
訪問先の打診で自宅から90分以上掛かるご自宅でした。その方は退院後の日勤の重度訪問介護の事業所が見つからず無い状態で渡りに船でした。
ここでは2年ほぼ毎日訪問させて頂き、生活介護のご利用で勤務時間不足から「夜勤」の打診があり撤退(退職)も考えましたが、次のヘルパーが見つかるまではと思っていました。
結果的には自社での交代スタッフが見つからずに事業撤退(契約解除)が利用者に伝えられました。その後に新しい事業所が見つかり引き継ぎを含めて同行研修を経てお別れしました。
行き先は退職でなく還暦を目前にして社内公募で知った、これまた自宅から通勤時間90分強度行動障害(者)専門の生活介護施設でした。
そこでも早1年を過ぎわたしは61歳を迎えました。
自ら求めて入職しましたが言葉にならないモヤモヤがありました、選択肢に転職もありましたがここはと言う所はNGでした。
そもそも風通しがいい職場なのでそのモヤモヤが組織的なものなら改善、社内移動も検討可能です。 そのモヤモヤは仕事ではなく生き方に感じました。
後からしか分からないけど仕事は今の職場が最高で多分これ以上は無いように感じています。
そんな時に気になり見つけたのが「看取り」です。私が伝えたいメッセージに「どんな障害を持っても生まれてきて良かった」「ひとりぼっちじゃない」があります。
#エンドオブライフ・ケア協会 のファシリティーターでした。
わたしは口下手で話し方も下手ですが上記のメッセージを一言一言想いを込めて伝えたい 政治家のように話し上手は方はスラスラ話せるが話し下手なら話し方を学べばいい。 そんな風に思っています。
協会の会員申込みでスマホの銀行アプリ今までにないエラーを起こして初期設定になりました。
この現象は「立ち止まり」「次ならステージの始まり=心して進め」の合図です、現状にモヤモヤがあるなら「進め」を選択しました。



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