組織は次世代を担う人材を重視する中で老兵の迎え入れは無く消え去るのみ
ある事にチャレンジしてみた、叶うかどうかは神のみが知ること 叶っても次に苦渋の選択がまっている
人生最後に悔やまれることは「何かして失敗した事より何もしなかった事だと」聞いたから
わたしの人生は何だったろうかと振り返ってみた
高卒で大手通信メーカーの子会社に入社して研修と称して千葉県我孫子市を中心に数年単身赴任していました。
工場に勤務していたろう者との出会いで障害者の存在を実感して、手話·要約筆記·点訳など障害者ボランティアを行うきっかけになりました。
我孫子駅の近くで布教をしていた宗教団体に出会ったのが縁で今日まで40年以上在籍する事になったりと人生の転機になる出来事が多かったです。
人生にもしは無いけど、その宗教団体と出会って入信して出家する事が無ければその後も地元に戻る事無く千葉県に居たかも知れません。
その宗教団体の修行の場が奇しくも地元で無ければ出家をやめた時に途方にくれていたように思う。
その後は不思議な縁と人とのつながりで人生が流れていきました。地元の手話サークル代表の紹介で知った障害者団体に転職したのは1988年4月の24歳の時でした。
当時は団体の理念がよく分からずに1年ちょっとで離れました。人の縁とは不思議なもので20年以上経った時に施設長からの電話がきっかけでアルバイトで再び再開して2015年1月の50歳で夜勤専従でフルタイム勤務になりました。
5年後に予期していませんでしたが夜勤が厳しくなって離職しました。
その後に日勤の勤務があればと3度目の出戻りに挑戦したかったですが機会は訪れずに2025年12月に61 歳になるので流石にもう難しいと思いました。
どこの会社にも理念があり、そこで働く以上は好むと好まざるに関係無しに理念に沿って一体になって働く必要があると思いますし、現職(2025年10月時点)は理念の共感で入社した職場です。
プライベートと言うか根底はわっぱの会の理念が私の大切にしていることを明文化した感じです。


その組織で働く人全てが理念を把握してそれに基づいて働くとは言えません。大会社になり給料が業界内で良ければ家族を養うためにお金目的だけに入社するのも有りかと思います。
人生は年代によっては色々な時期があります。独身時代で自分のやりたい事が出来る青年期、家族を持って家族のために生活する中年期、家族の扶養ピークが過ぎた高齢期などです。
中年期は体力もあり将来に向けて会社から期待される時期でもあると思います。それを過ぎて高齢期になったら大半を過ごす会社の理念と自分の想いが一致或いは近いものかが大切に思います。

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