その昔
セラピストとかカウンセラーと名乗ったり、福祉の事を偉そうに語ったりしていた。今思うと相手の辛さに寄り添わずに理論理屈を振りかざした痛々しさを感じた。
セラピーならマイナスから0にするのは大変で費用対効果で集客対象から除く事を勧める講師も多い。同様に福祉(介護)でも重度者を避ける傾向は大きいです、時給のパートさんなら効率よく稼ぎたいので分からない訳ではありません。
重度の方が出来なかったシール1枚でも剥がして台紙に貼り付けた時の感動は大きいです。
対人サービスでは出来なかったマイナスなら普通に出来て0まで持っていくより、0からの方が宣伝効果も高いが、失意のどん底からありふれた毎日になるお手伝いが自分に合っているように感じます。
結果主義の社会では何のアピールも出来なくてもそれか心地よい。介護が最たるもの知れません、「食べて出して遊びに行って風呂入って」の健常者では意識しない行動を黒子になって手伝う仕事、泣いてる居る人を笑顔にする在り方をセラピーと呼んでも福祉と呼んでもいいけど、何かちょっと違う感じ。
こんな事を書いていると胸が熱くなる、そこに自分のやりたい事(仕事)のヒントが有るかも知れない。

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