現実社会では色んな変化があり、そこで気付いたことをまとめました。
策士策に溺れる
自分は上手く策略を図って上手くいったにも関わらずに何故か心の隙間風が吹く。
それは人の踏み台にして得た出世で肩書は付いたものの周りから人が離れた寂しさに似ている。
事実と真実で思う事
事実とは客観的で実際に起きた事で万人が認める出来事で1つしかないけど、真実とは各人の解釈によって千差万別あること。
刑事ドラマなどに出てくる悲しいすれ違いがありました。
長年通ったTさん宅の訪問介護からA施設への異動の確定から2ヶ月しても進展せずに、段階的な異動で更に4〜5ヶ月たった計6.7ヶ月たったので進展のためにアクションを起こしました。
その後に急遽翌月から完全異動と予期せぬ結果になりました。Tさん宅への後任者は決まらずに打ち切りが決まったことに少なからずショックを受けました。
以外に進展が遅かった裏には優しが
2つの異なる業務で帰りの遅い遅番業務と出勤が早い早番業務を交互に行えば心身的負担が増えて共倒れになる可能性もありました。
完全に異動を行えば訪問介護先に行ける人が居ない現状でほ空きが出てしまい、身動きが出来ずに硬直した事態が続いたのは決断力が無いではなく優しさから決められなかったのではと感じています。
人はやる事を決めて生まれる?!
ある教団の書籍に「障害者になって生まれたり途中で障害を持ったりして試練を受ける大きくて純粋な魂がある」と書かれていました。
これらの事は当事者や試練を受けた方には言えない事ですが私は真実に思っています。
重度心身障害の方からのメッセージ?!
それは私が建設業界から介護職に変わって初めて入職した会社の訪問介護の出来事でした。
その方は知的障害で昔は車椅子で多少の会話が出来た方ですが、再びお会いした時は還暦を迎えてベッド生活になり会話は出来なくなっていました。
そこの泊まりは利用者さんと一緒に寝てもいい職場で必要時に起きて対応するスタイルでした。
5年を迎えた夜に夢うつつの中でその方から「私の介護はもういいので本来の道に進んで」の謎のメッセージを受けました。
その五に離職して2年ほど多種多様な介護職種を経験して2025年3月時点の現職に就きました。担当者は20代の若い方ですが還暦の方と似た環境でした。
学生時代は健常で病気か事故かは定かでありませんがお会いして時はベッド生活で会話が難しい方でした。
その方との出会いが昔の方からのメッセージかと思いました。病気から自宅に戻り在宅で介護を受ける際に事業所が見つからずに現在の会社で私が入職するタイミングで契約が完了しました。
私の入職が1ヶ月早くても遅くてもその方とは出会えなかったと思います。夜間は自社他社を含めて途切れる事なく継続されました。
昼は対応者が見つからずに単独支援で一時的に昼間2人体制のなりましたが、相手方が離職したため1人体制になりました。
コロナ禍の時に濃厚接触をした時は一週間ほど昼の支援は人が見つからずに支援無しだったように聞きました。
その教訓から当事者のヘルパーと利用者の親御さんから2人体制の要望を出したり他社を当たったりしましたが昼間の支援者は見つからないまま月日が立ちました。
体力が尽きるまで其方の支援を続けるつもりでした。ある時にふとこの方の昼間を支援を私1人で続けるより他の方も関わってほしい、それが彼に取って望ましいように思えました。
自分の人生で一区切りの還暦を迎える年に、その方の単独支援では必要な労働時間に達せずに時間を埋めるために他の方の支援も行いました。
合せてやりたい職種が社内公募で見つかり、が1度目は見送りましたが2度目にした時はダメ元で応募して一次二次面談を得て施設見学を経て内定に至りました。
その後は先に書いたように紆余曲折があり三度新しい仲間の支援に入る事になりました。


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