前にも少し書きましたが元気だった50代の親族がここ数ヶ月前から入院していて近い将来亡くなる可能性を聞きました。

お別れまでの残り時間は数週間から1ヶ月位で、それまでは集中治療室でコロナの環境のために配偶者のみの面談しか許されていません。
彼と会うのは年1回の正月だけでした、他のどうか分かりませんが男兄弟は特別な事が無ければめったに話したことがありませんでした。
脳の血管の異常が見つかり数年前から年1回の定期検診で数ヶ月前に異常が見つかり緊急手術になりました。手術中に血管を傷つけ出血、植物人間になりました。本人から「延命治療はしない」の意思表明がありました。
数年前の2014年に異変が見つかりました、奇しくもその年は私が建設業から介護職職に変わった年でした。毎年の定期検診で何を考え緊急手術の宣告時にどう感じたかは本人しか分かりませんが想像出来なくはありません。
いま思うのはその人の分まで生きてほしいと言われて自分のこの先の人生を真剣考えて生きる事であちらの世界で帰った時に「お陰で素晴らしい人生になった」と伝えたいです。
今回の経験から私の夢について
高齢者/障害者別の施設がありますが50代で全介助になれば障害者施設になりますが、その和は高齢者施設に比べてめっきりと減って、胃ろうならともかく経鼻栄養で医療行為が必要な不安定な方の受け入れ先はまずありませんので、どんな方も受け入れられる施設が夢です。
そのためにはトップになって働く人の理解を得て望みの施設を創りたいです。利用者さんの想いがどこよりも叶えられて、スタッフと利用者さん共に人生最後の時にこの職場で良かったと思って頂ける人生に充実感を味わえる施設創りです。
そんな重度障害の方を受け入れる施設が残り人生で創るか働ければと思っています。現在的には50代後半に数十社の職場を変わって入社した職場では遥かに遠い夢です。
まずは出来る事からで限られた時間は少ない材料で利用者に充実感を味わって頂けるように一スタッフとして精進することから始めています。
あるもので手作りするなら良いですか、新しい仕組みを作るには管理者、そしてエリアマネージャー、事務局長、理事会と数人規模の職場とは比較出来ないほどは難所がありますが組織が大きいという事は新事業を起こせる可能性が高く多くの方に貢献出来る事を意味していると思います。
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