高卒して大手通信メーカーの孫請会社に入社しました。地元の名古屋から離れて千葉県の我孫子工場で新入社員教育も含めて長期研修を行っていました。
右葉曲折があり名古屋に戻ると通信機器の修理部門に所属しました。その時の手話サークルの主宰者から授産施設の職員を募集を聞き退職しました。
描いていた内容と異なっていたので1年半ほどで退職しました、前職の専務が起こした通信工事やメンテナンスを行う会社に入社しました。
10年以上勤めた30代前でしょうか、結婚を目前に当時の収入では生活が困難と感じて上司と相談の上で退職しました。
大手電機メーカーの子会社に現場管理職として入社しました。ベテランの方が言うには監督業務をしたら1人でいいので自分のために損得関係無しに助けてもらうような仕事をしなさいと言われました。
それは予想もしない出来事でした6車線の国道をまたぐ門型柱を設置してそこに交通量を計測する機器を設置する案件でした。
基礎が完成して、昼間に側柱を建てて夜間に通行止めをしてその間のアーチを掛ける計画でした。昼間に側柱が届きいざ建てようとすると基礎から出ているボルトの間隔と柱のベースにある穴の位置がズレている事が判明しました。
基礎のボルトを修正するのは時間的不可能でしたので柱側の穴位置を手直しする算段でした。工場に強度計算と言われる穴位置を変更しても問題が無いかを確認して問題なしの結論が出ました。
このような時は通常は運搬費が掛かっても工場に持ち帰り穴空け加工をして戻すのですか、それでは当時の夜間の通行止め工事に間に合わない。
当時の建設省(現国土交通省)は省の役人が直接現場を管理するのでなく委託業者が請負っていました。役所はどこもメンツを重んじていますのでもし夜間通行止めが中止になると責任問題になら監督の責任問題だけにとどまらずに今後の契約に大きな支障をきたし、自社だけに留まらずに委託業者の管理責任にも波及しかねない事態でした。
もっと大きな問題として建設省と警察は犬猿の中なので正当な理由なく通行止めは中止すれば担当職員だけでなく上役の顔をつぶすことなり苦境に立たされていました。
万事休すかと思っていると懇意にしている職人さんから会社にこのベースの厚みくらいのなら穴を開ける装置があるので持ってこさせるとの助け舟が出ました。
夕方に装置が届き何とか夜間の通行止めまでに善処出来ました。高価な機械の請求は無かったのでその後の工事でも好意にして当時の費用をペイ出来るように工事費を上乗せしていました。
時代が流れるにつれて見積もり書の査定が厳しくなり、工事の都度複数の業者に見積もり書を提出させて一番安い業者に工事を発注する方式に変わっていました。
昔ながらの貸し借りはなくなりビジネスライクになりました、ただ親会社の特権で根切り倒しての発注になり昔ながらの不正では無いですが予算がある時は多少多めに支払い、苦しい時は助けてもらう形態は廃れ見積もり叩きに疲れて退職に至りました。
費用が合わないので当時お世話になった会社への発注は出来なくなりましたが、職人さんから何かあったら声を掛けてもらえば掛けつけると言われて監督としては大成功かと思っています。

コメント