神様と泥んこの子と驕った宗教

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とあるスピリチュアル行事に参加するために駅から徒歩30分の会場に徒歩移動しました、この日はあいにくの雨でした。

時折移動の時に高次元の存在、私は神(の御使)と呼んでいます。を感じつつこんな会話をしました。

雨でズボンの裾など濡れてしまったけど会場に入れてもらえるだろうかと変な事を考えた。昔は神の御前には汚れた服や作業着で入ってはいけないの指導があった時期もありました。

一休さんの話しにあった小坊主の姿で法事に行ったら追い返されて立派な袈裟で行ったら丁重に迎えられた。彼は袈裟を置いて帰って来たそうです。

あなたは大家族の長で立派な作りの家、子孫が泥だらけで入ってきたら、あなたは彼を追い返すだろうか?喜んで迎え入れるのではないか。

家が汚れる事を気にする子孫に「家の汚れなど掃除すれば綺麗になる、おまえとの再開の方がよっぽど大切だ」

そんな対話をしながら、もし汚れを気にして追い返されたら共に帰ろう、そして本当の神を再度探し求めればいいのではないかと

会場に無事ついて、そんな出来事は微塵もなく無事行事を終えて帰宅しました。

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