還暦からの出発か?方向性が見えてきた!介護の楽しさは?

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昔は「人生50年」と60代は遥か先と思っていました、そんな中で20歳初頭に障害者と出会いボランティア活動をする中で定年後の60歳に介護を仕事でやりたいと思っていました。

不思議な巡り合わせで予期せず50歳に介護職に転職しました。

職歴・人生の足跡(時系列自分史)
1.1983年4月(18歳)通信機器会社の製造に入社と手話との出会い高卒入社の新入社員研修で、千葉県の我孫子に長期滞在することになりました。地元名古屋から出たことはなく不安と期待が入り混じる出発でした。研修と職務は通信メーカーの工事部門子会...

気づけば介護歴10年を迎えます

最初の5年

20代に手話サークルの主宰者で懇意にしている方から障害者支援団体の施設開所を聞いて応募、職員になりました。

ここは数人の障害者グループから数百人規模に拡大した団体でした。入る早々何の知識もないまま車いすの方を職場から自宅に送り届けて、途中で食事をするように言われました。

今なら最低1回は同行がありますが当時は時代背景や人不足があり当人に教えてもらうスタイルの介護でした。

ここは1年ちょっとで離職しましたが数十年に施設長からのお誘いの電話で新しく設立された介護部門にアルバイトとして再度関わりしばらくして職員になりました。

そこでの重度知的障害者の支援はベテランの方の同行研修から始まりました、現在は資格取得後に実地研修をして行う喀痰吸引も当時はグレーンゾーンで責任者の指導で行っていました。

その後に介護福祉士の受験要綱の実務者研修の中で喀痰吸引の大切さと重要性を聞いて「危険性を聞いて怖くなったのでやらない」と言われた方も数人居ました。

ボランティア時代に視覚障害や聴覚障害の方と同室で一泊して彼らから親切にしてもらった経験から当時者から学ぶ事の大切さを実感しました。

介護士として障害者当時者と関わり彼らから学ぶ事を基本スタイルにした団体で5年過ごせたことは、その後の介護に大いに役立ちました。

その後2年は紆余曲折があり

児童支援デイサービス・高齢者多機能施設・就労支援施設・同行援護・高齢者デイサービス・老人ホームと結果一通りの介護を経験しました。

3年前に今(2024年1月時点)の仕事に

3年前に重度訪問介護会社に就職して強度行動障害者施設に徐々に移行しています。

入社後は中途で脳障害になり話しが出来ずに退院後の在宅でベット生活の青年の方の担当になりました、お付き合いは3年になりますが入社が1ヶ月早くても遅くても巡り会えなかったので不思議な縁を感じています。

還暦の節目に

2022年11月入社で2年後の2024年12月が還暦60歳で定年でしたが、その時が来ても何の連絡も来ずに就業規則をよくよく読み込むと「60歳定年だけど大きな問題が無ければ自動的に65歳まで延長」とありました。

還暦で定年後はどうしようかと思う中で介護職の基礎になる最初の5年の間に当時は名前を知りませんでしたが強度行動障害と言わられる方を週1.2回訪問介護をしていました。

強化行動障害者との関わり

今は強度行動障害者の訪問時は対応の予備知識が与えられたりヘルパーのフォローもあります、当時は何の前提知識もなく地獄絵の如く時に取っ組み合いの夜もあったり、その方に影響されて一度に3人の方が不穏になったりした場面に遭遇しました。

コーデネーターと言われる方のバックアップもあり、どうしようもない時は深夜でも応援を求める体制はありました。

実際に支援された方はお分かりかと思いますが、彼らは時に突発的に激昂したりします。振り返りで原因が分かったりしますが、先ずはその対応が必要です。

携帯電話から応援を呼べる余裕はなく、目を離すと電話を吹っ飛ばされます。コーデネーターに連絡出来るのは交代者が来た朝とかで落ち着いた後になります。

その方の担当は金曜日でしたので明けに事務所に行って今後の対応を話す事は難しく、事故等の緊急性がなければせめて状況報告をする位でした。

彼は額に掴み掛かるタイプで眼鏡を付けている私は時に眼鏡を飛ばされて保険で修理したり帰りは額の傷が出勤簿代わり(笑)でした。

児童デイサービスで相互の怪我防止で眼鏡は禁止でコンタクト着用の会社もあり、入社時は戸惑いましたが今になると長年の支援で導き出した方法の1つかとも思っています。

女性の方が彼らの介護に不安を覚えるのも致し方ないかと思っています。施設なら複数のスタッフが居ますが訪問は1対1の対応が必要になります。

建設業時代と訪問介護のラップ事項

建設業時代は現場管理で国を仕事をしていましたが作業には必ず監督である私が常駐が義務づけれていました。

現場の最高責任者ですので権限と同様に責任もありました、時には日雇いさんと来ていましたが上司から「彼らの安全と生活を守る」のも職務と1つと言われていました。

介護職になって言われた言葉も奇しくも「重度知的障害でベット生活の彼らはヘルパーが居ないと生活が成り立たない(生きられない)」と職業としての一介護者の立場を超えた重い言葉でした。

今まで数人の強度行動障害者の支援経験からですが彼らが他害した時は深く反省と言うか気にしている感覚がありました。

ヘルパーは環境要素と言われますがヘルパーによって彼は暴れたり落ちいたりします、それは関係性と言われるもので一朝一夕には築けない信頼感と言えるものてす。

話せる人は表面的な言葉の印象で左右されますが、言葉を持たない話せない方は相手の本質を見通す能力が卓越しているように思っています。

だから大変とも言えますが逆に言えば想いが伝わりやすい方でもあると感じています。

人は相手を見て言動を変えたりして大人の対応をしますが、それが彼らに混乱を与える要因にもなるのではとも思っています。

介護職を長く勤めるには

一概に介護と言っても多種多様な支援があります。訪問/施設 児童/成人/高齢者等の組み合わせがあります。

それぞれと言うか会社ごとに求められる事も異なりますが「人好き」が必須条件でしょうか?これは「内弁慶」や「人見知り」「口下手」とは関係ありません。

私は介護は人の内外を細かく観察する事が大切に思います、人が好きならこれが自然に出来ます。

もちろん食うため、生活の為に介護職をされている方も居ますし貴重な人材です。でもどうせ仕事するなら「楽しく」やった方が精神衛生上良いかと思っています。

これからもリアル、SNSを通しての出会いがあると思いますが一期一会を座右の銘にして出会いを大切にしていきますので宜しくお願いします。

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