これが最後(の別れ)だとわかっていたら

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はてなブログでは散々過去の振り返りやネガティブ記事を書きまくりました。その流れを止める目的とエキスと言われる記事だけを取り出したのがnoteです。

『最後だとわかっていたなら』 PV【サンクチュアリ出版】
9.11同時テロの後、アメリカで朗読され、世界中が涙した感動の詩。「最後だとわかっていたなら」ノーマ コーネット マレック・作 / 佐川睦・訳

noteでは過去の事は書かないようにしましたが今回だけ書かせて下さい。

それら私が25歳だったでしょうか?出会った彼らは18歳前後でした。私は名古屋市北区に出来た授産施設(現就労支援施設)にフルタイムで入りました。

そこを約1年半程で離れましたがそこで働く多くの障害者と友達になりました。50歳になる前頃に当時の施設長からグループ内の訪問介護のアルバイトに誘われました。

それがきっかけでそのグループで再び働く事になりました。時の流れ自分の足で歩けた女性HKさんと男性YMさん、車椅子のMKさんの3人がベッド生活になっていました。

歩けたHKさんらYMさんは40代半ばで車椅子のNKさんは65歳近くでした。HKさんは一時的に元気になりましたが、ある日体調を崩して自家用車で病院に向かって戻ることはありませんででした。

女性のHKさんとは同性介護なので直接の介護はありませんでしたが、移乗時で何度か会って彼女から昔一緒に販売に行った頃の話しを何度か聞きました。

彼女が病院に向かうはMKさんの介助日でしたがバタついているのを気づいた時に彼女の部屋に行けば旅立つ前の彼女に会えたかもと思いました。彼女から頂いたイラストです。

男性のYMさんとはベッドから車椅子とその反対の移乗介助をメインとした介助研修を受けました。なかなか合格せずに1年以上の研修になり一,二度入浴介助を行ったのを最後にそれっきりでした。

担当するNKさんの隣の部屋ですが人見知りで顔を見ると車椅子で暴れたり通りかかる人に車椅子から乗り出して掴みかかるので遠巻きに見ていました。

ある日骨折して治療のために入院し退院日に突如呼吸困難で亡くなりました。別のグループホーム住まいの同世代の人も寝るまで元気で朝亡くなっていて警察の現場検証を受けて結果は時間性なしと判断されました。

担当していたMKさんは65歳近くになるうとして時折発熱するもののお元気でした。人と関わる事が大好きな彼らは同一フロアの2人が旅立たれてどんな気持ちなんでしょうか?ベッド生活の最後の1人です。

そんな亡くなった方を思うと健常者も含めて明日も元気で会えるとは限らない。もしかしたら今宵限りの別れかも知れません。

そんな事を思いながら人生を生きたらより充実した人生になるように感じました。

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