神様の導き?介護10年で感じた奇跡の物語

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10年の介護歴の中で重度知的障害者と関わり彼らが神様に愛されていると感じる事も多くありました。

彼らの訪問介護時は雨が弱まったり時には止んだり、別れの時は涙雨が降る事も割と多く発生しました。

出会いがあれば別れがある

迷った末に訪問介護から施設勤務への社内公募に申込み異動が決まりました。

担当している訪問介護先で着任から今日までの数年の間、2人目のヘルパーが見つかりませんでした。

3ヶ月先の異動予定が半年たっても目処が立たない状態でしたが翌月異動が確定しました。

後任が決まるまで1ヶ月でも先伸ばしにしたいの思いもありました。

異動が決まってしばらくして訪問介護と施設の交互勤務が始まりました。訪問介護の帰りの就眠が0時過ぎで施設への出勤が7時前の勤務で次第に疲労を感じ始めました。

これ以上は共倒れになると感じつつも覚悟を決めて事を進める中で異動日が確定でしました。

異動は翌月からと月初めに通知されて、利用者にも知らせが入りました。月末近くに全国規模の介護会社が新しく地元に事業所を開設されて後任としての訪問が決まりました。

一抹の寂しさはあるものの利用者にとって望ましい結末になったと嬉しく思います。

出会いに一切の無駄はなく必然

私の経歴は40代までの約半世紀を建設現場で監理(監督)の仕事をやり、50歳に介護職に移りました。

人生の中で意図せぬ別れもありましたが、数多くの転職歴を見直すとそこからの反省点や気付きがあったり、その出来事に必要性を感じたりしています。

転職自体は自分で決めて行ったつもりですが大きな視点で見れば神の手のひらの中での選択だったようにも思います。

現在の重度訪問介護に就いたのは2年以上前でした。病院から在宅になった方の介護事業所が見つからずに当社に話しがあり、私が入職したタイミングで支援が始まりました。

何処の事業所もバックアップ体制のために2人以上のヘルパーを確保した後に引き受けるそうでした。

そんな業界ルールを破ったのが我が社でした。私の休みには人が居ないので介護は休止になっていました。

バックアップのためにも、もう1人ヘルパーが欲しいと利用者と声を上げていましたが、人が見つからず実現が困難でした。

後任の事が気になっていましたが新規契約を交わし終えて万事が上手く行く予感を残してのお別れしました。

https://twitter.com/kuni758/status/1905233561256599989

人生のルールは?!

人生は欲しいものを手に入れるために他の別のものを手放す必要があると思います。生まれる前にやりたいことを決めて、そこに至るまでには遠回りに見える事が起きたりします。

天命と言えることに巡り合った時にそれらの出来事の意味が分かります。

そして天命に従って生きれば完全調和の世界で誰一人不幸にならないと思っています。

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